大堀相馬焼

大堀相馬焼

大堀相馬焼は、福島県双葉郡浪江町大字大堀一円で生産される焼物です。
旧藩政時代には相馬焼と呼んでいましたが、今は国の指定以来、産地名
「大堀」の名を入れて大堀相馬焼と呼んでいます。
その歴史は深く、創業から350年になんなんとするこの大堀相馬焼は、
昭和53年に国の伝統的工芸品としての指定を受け、現在は25軒の窯元が伝統を守りながら日々皆様に愛され親しまれる製品づくりに努力しています。

江戸時代の元禄年間に、相馬中村藩士の半谷休閑が大堀(現在の浪江町
大堀)で陶土を発見し、下男の左馬に命じて日用雑器を焼くようになったのが始まり。浜通り北部を領していた中村藩は相馬野馬追の伝統を有しており、藩主相馬氏の家紋から繋ぎ駒や走り駒が意匠となっており、縁起物として好まれる。
中村城下(相馬市中村)の相馬駒焼が藩主相馬氏への献上品とされたのに
対して、この大堀相馬焼は大衆向けの民窯として親しまれた。とりわけ、中村藩は陶磁器を特産物として奨励したため、江戸時代末期には100軒近い窯元が誕生し、中には農作との兼業も見受けられた。

2011年3月の東日本大震災発生時には25軒の窯元があった。震災に伴う
福島第一原子力発電所事故により、福島第一原発から10kmに位置していた大堀の住民や事業者も避難・離散を余儀なくされた。協同組合と一部の作陶関係者は、福島県中通りの二本松市にある小沢工業団地内に移り、「陶芸の杜 おおぼり 二本松工房」を開いた。

釉薬の原料となる砥山石が原発事故の放射能汚染により採掘不可能となり、窯元が廃業の危機に見舞われたが、砥山石と同じ発色をする釉薬を開発し生産が再開された。 

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