松代焼

まつしろやき

信州松代は、北に千曲川が天然の堀をなし、残る三方を山が囲む城下町。
城は武田信玄が軍師山本勘助に作らせた「海津城」が始まりとされています。城は、明治期に取り壊されてしまったのち、平成になり
石垣、堀、太鼓門等が整備され、三の堀の外にあった新御殿や文武学校と共に公開されている。
有名な川中島の合戦は、この地を舞台に繰り広げられた。
江戸時代に真田幸村の兄信之を初代とする真田氏の居城となり、
松代藩十万石の歴史が始まる。
江戸の後期、七代幸専の時代に、すでに煙を上げていた名雲窯を藩が
買い上げ、産業開発の一つとして力を入れた。
その後次々と窯がひらかれ、民間の窯も合わせて七つの窯があったことが
記録に残っている。当時は県下最大の陶器産地で量・質ともに県下随一であった。しかし明治以降次第に衰微し、交通機関の発達による他産地の量産品の流入に押され、昭和の初めに一時途絶えてしまった。
近年、多くの人の努力で、陶土・製法等がよみがえり、その素朴な魅力が見直されてきている。

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